通訳を担当しました
- 2025年11月26日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年12月29日
国立音楽大学において、作曲家のジャン=リュック・エルヴェ先生をフランスからお招きし、ワークショップが行われました。私はその通訳を担当しました。
ワークショップでは、先生の作風について、さらに作品の分析を、1時間半にわたってお話しいただきました。

エルヴェ先生の公式サイト掲載の経歴を、翻訳して掲載します。
1960年生まれ。パリ高等音楽院でジェラール・グリゼイに師事し、作曲で第一賞を取得する。博士論文では美学を研究し、またIRCAMでの研究を通じて作曲家としての自身の作品に関する理論的考察を深める。京都のヴィラ・クジョヤマでのレジデンスは彼の作品において決定的な転機となった。オーケストラのための作品『Ciels』は1997年にゴフレド・ペトラッシ賞を受賞。2003年にはDAADの招きでベルリンにレジデンス滞在。彼の2枚のモノグラフ盤はシャルル・クロ賞の「クー・ドゥ・クール」を受賞。2004年、ティエリー・ブロンドーとオリバー・シュネラーとともに「Biotop(e)」を設立。彼の作品は、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、クール・シルキュイ、コントルシャン、ムジーク・ファブリック、KNMベルリン、ディヴェルティメント、フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団、トスカーナ管弦楽団、ベルリン交響楽団などによって演奏されている。現在の活動の一部には、特定の空間のために設計されたコンサート・インスタレーション作品も含まれる。現在、ブローニュ=ビヤンクール地方音楽院で作曲を教えており、作品はイタリアのスヴィニ・ゼルボーニ社から出版されている。
講座は藝大でも行われたのですが、どちらの講座でも、「作品を聞いただけで曲の主題が理解できない。それは作曲家自身の意向なのか」と挑戦的な質問が飛びました。
エルヴェ先生はパリで、国籍を問わず多くの留学生に広く門戸を開き、受け入れ、積極的に対話される方です。また、さまざまなコンサートに出かけて、最新の芸術に積極的に触れられています。パリ時代には、コンサートに行けば一番前にエルヴェ先生がいました。
そんなエルヴェ先生なので、挑戦的な質問にも丁寧に向き合っていました。
「作曲に際して植物にインスパイアされたと話すと、学生たちは植物を音楽に”翻訳する”と考える。しかし私の作品は、外的なものはあくまでプランや形式として取り入れるのみ。そこからどうやって音楽の細部をかたちづくるかは、作曲家としての腕の見せどころ」だとし、
作品がそのテーマを音楽に翻訳したものであることを否定しました。
また、「なぜか、アジアの学生の中には、テーマを決めたら、そのテーマを音楽にそっくりそのまま翻訳しなければならないと考えている学生が多い。今回の講座で、質問をくれた学生が、新たな視点を手に入れたのではないか」と語っていました。
エルヴェ先生は、作曲を学ぶ学生さんのために、サイト上で楽譜を公開されています。
ぜひのぞいてみてください。(勉強目的で使ってください。フランスで出版されている楽譜です。)
余談ですが、エルヴェ先生には、ブーローニュ音楽院で二年間作曲と分析を師事しました。
ブーローニュ音楽院受験直前の夏は日本で遊びほけ、現代音楽もよくわからなくて、でも知りたかったから、あとエルヴェ先生に習いたかったから、作品を書いて受験したら、受かってしまった…という状況でした。
そのころエルヴェ先生のレッスンを受けるには、ブーローニュ音楽院のCPESコースという、「パリ音楽院を受験する人専用のコース」に所属せねばなりませんでした。
それはなんとパリ音楽院に合格するまで何年も在籍できるコースで、厄介なことに、終えたところで学位は授与されないコースでした。修了要件は、パリ音楽院合格のほかに、レポートを書いたり、教職を受けたり、レッスン以外の雑多な科目をすべて履修しなければなりませんでした。
しかも、コースを修了しても学位を授与されない体制になってしまったのは、ちょうど私が入学した年あたりからでした。当時そのことに関する説明会が開かれ、多くの学生が混乱していた様子を覚えています。直前までは、コースを修了すればDEMが取得できたらしいです。
さて、既に日本で修士を一つ取得し、既にパリ音楽院に在学していて、二つ目の修士も取得予定だった私は、音楽の勉強をおろそかにしてまで、もう一つの学位でもないものをブーローニュで取得する必要もないと考えました。
エルヴェ先生のレッスンが目的だった私は、そのCPESコースで好きな授業を取れるだけとって、ブーローニュ音楽院の在学を終えました。
単位互換制度もありましたが、パリ音楽院のエクリチュール科で大事なのは単位数でなく試験の得点なので、とくに単位互換もしませんでした。
そういったわけで、経歴詐称にならないように笑、私の経歴のブーローニュ音楽院の項目は「卒業」と書かず「2年間在学」としか書いていません。
ブーローニュ音楽院で過ごした時間は貴重で、無理してダブルスクールして良かったなと思っています。




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